自由って?
自由になりたい
自由って響き、なんだかとっても魅力的ですよね。
学生だった時、授業なんてほっといて自由に遊んでいたいなーとか、時間やルールなんかに縛られずに自分がやりたい事だけやって生きていけたらなーなんて考えていました。
皆さんも自由になりたい、自由がいいと言う人が多いんじゃないでしょうか?
でも、実際自由ってなんでしょうか?
社会人になった今、ほとんどの事は自分で選択出来ています。
仕事をするのも辞めるのも、買い物するもしないも、遊びに行くもいかないも、たいていは自由です。
自由だけど、何故かみんな自由じゃないって思っています。
なんなら自分はあれだけ自由を渇望した子供を見て、子供は自由でいいななんて言い出します。
私たちはいったい何に縛られているのでしょう。
もしあなたが今の環境に不自由さを感じていて、解き放たれたいと思っているとしたら、何故そうしないのでしょう?
あえて不自由の中にいる理由はなんでしょう?
あなたが縛られているのは環境にでしょうか?それとも、それを出来ない自分にでしょうか?
もちろんやるべきこと、やりたい事、進む道がわかっている人は大丈夫でしょう。環境を突破して突き進める力はそもそも自由の持つ力です。
自由の種類
- 思考からの自由
- 感情からの自由
- 常識からの自由
- 環境からの自由
思考からの自由
思考、いわゆる考え方ですが、人は無意識に考え方に縛られています。
昔から同じ様に考え、同じ様な答えに導く。
ネガティブ思考回路、ポジティブ思考回路。こういったものは性格と一言で言って終わるものではなく、どれくらいその回路を使用したかで変わってきます。
マインドマップというものがあり、人が道の上を歩き路肩の土の上を歩かない様に、脳の中には使えば使うほど舗装され歩きやすく、そしてそこを歩く事が当たり前になっていく道が作られます。
「私には出来ない」と言ってしまうのは、出来ると考える為の回路はまだ険しく歩きにくい為、しっかり舗装された歩きやすい出来ないと考える道を選んでいるだけです。
「出来ない」「やらない」「ネガティブ」を繰り返せば繰り返す程、その道は舗装され、高い塀に囲まれ、他の道(可能性)へは入りにくくなっていきます。
この使い慣れた道から抜け出す事は本当に難しく、非常に大きな精神力を使います。
その為、よっぽど特別な体験や刺激が無いと一気に変える事は出来ません。
人生が変わる程の出来事、そういったものを体験できた人はラッキーでしょう。
逆にそういったものに頼らず、コツコツ少しずつ変える訓練をする方法もあります。
普段と違う事をしてみる、無理やりにでも違う意見を出してみる。
こういったマインドマップに縛られない生き方、自由な発想、これが思考からの自由と言えます。
時間はかかりますが、今苦しんでいるのであれば必ず変える事は出来ます。
思考はあなたが生きるのにとても役立つ機能ですが、多くの人は思考に生かされてしまっているというのが現実です。
枠から飛び出す勇気も持ってみましょう。
感情からの自由
人の感情はほとんどの場合は反射で現れます。過去の出来事などから呼び起される感情、自分の都合で作られる感情などがあり、感情は刺激的で人生のスパイスとしてとっても彩を与えてくれます。
ですが、感情に振り回されている人が多いのも事実です。
感情はあくまでスパイスで、メインではありません。
恐怖、不安、心配、怒り、悲しみ
そういったものは味わう事も出来れば無視する事も出来ます。
例えば、誰かが自分を怒らせたとします。
きっとあなたはこの人のせいでって思うかもしれません。でも、実際はそうではありません。
あくまで怒るのは自分でしかなく、怒るかどうかの選択はいつだってあなたに委ねられているのです。選択を怠っている場合は自動的に感情が反応する癖がついています。
同じような問題が起こっても怒る人と怒らない人がいるように、本来感情も自由に扱うことができて、怒れば怒る程に些細な事であったとしても簡単に怒りスイッチが入りやすくなります。
あるがままに物事を捉えれば本当は大したことが無い問題であったとしても、感情はここぞとばかりに主張して表面に出てきます。
色んな感情が出てきては消え出てきては消え、人は揺さぶられ、疲弊します。
はたしてその怒りは本物でしょうか?必要な事でしょうか?何故怒っているのでしょうか?
大抵の場合はどうでもいい事です。
どうでもいい事を大げさに表現しているのが感情なのかもしれません。
感情がいけないわけではなく、感情は喜び楽しみなどのポジティブな面もあります。
悲しみが喜びへと繋がる事もありますし、不安が安心へ、怒りが優しさへ導いてくれるのも事実です。
人生を彩り楽しく、思い出を作るのにも役に立ちます。
ただただ感情に振り回されるのではなく、あくまで客観的に眺め、装飾品として扱えると感情から自由になれるかと思います。
ちなみに感情は自分だけじゃなく周囲にも伝播します。
あなたにとって幸せな空間、環境ってどんなところでしょうか?誰かのせいじゃなく、自分自身でその環境を壊してはいないでしょうか?
冷静なだけじゃなく、情熱もあった方が人としての魅力は増します。
怒らなきゃいけない時は怒ればいい、でもそうじゃない時にネガティブな感情に支配されている人が多すぎかと思います。不快な感情に支配されるより感情をコントロールできる事が自由で魅力的な人へと繋がります。
もし何かしら感情が出てきそうな時は、一度深呼吸してその感情に餌を与えていいものか考えてみましょう。
常識からの自由
人が生きているとどんどん「普通」というものが身についてきます。皆そうだから、皆が言ってるから、といったようにどこの誰が基準になっているかもわからないような普通が蔓延していきます。
そして、あたかもその普通にいる事が正しくて、そうじゃないものは間違っていると無意識に区別するようになっていきます。
普通や常識といったものは、あくまでその人やその組織などにとって都合がいいというだけであって、正しさではありません。
新しい発想や発明は常識や普通の外からやってくる事がほとんどです。
常識の中にいるよりも外の世界の方が可能性が広がっている事がよくわかります。
そういった枠から外れた考え方や行動も面白いと思います。
もちろん常識というものに守られない為、枠内の人からは攻撃されたり、未知へ飛び込む為危険もありますが、生きる事は冒険する事です。色んな経験を通して成長する事も生きる目的の一つだと思います。普通に平凡に生きるも良し、冒険するも良しなら冒険の中にこそより大きな成長があると思います。
もしあなたが普通とか常識という言葉を多用していたとしたら、それは自分を主張しているだけです。
あなたは周りの人をあなたの基準に当てはめたいだけで、その人たちを認めてあげれていないということになります。
あなたが人と違うのと同じように誰もかれもがみんなそれぞれの個性を持って、それぞれの考え方を持って生きています。
あなたに自由が認められるように、だれもが自由を認めてほしいと思っています。
環境からの自由
学校や職場やサークルなど、私たちは様々な環境に身を置いています。
思考、感情から自由になれている人はどんな環境でもうまくやっていく事は出来ますが、そうじゃない人にとって人が集まる場所は様々な思考や感情が入り乱れ、なじむのが難し事もあります。
もし、あなたにとってどうしても難しい環境になってしまった場合、その時はいったん逃げてください。
環境から自由になれない人は大抵の場合は対外的な評価を気にしてしまっている場合が多いです。プライドも罪悪感も一旦捨ててしまって大丈夫です。
ただ、環境の場合はより対外的影響を受けているものですので、今そこから抜け出したとしても、根本的に自分の軸をしっかり作り影響を受けない訓練をしないと結局外からの影響で同じ事が繰り返されます。
別の環境に行っても同じことが繰り返されるなんて事は多々ありますよね。
いざという時は逃げればいいですが、エネルギーを蓄えた後、いずれまた挑戦しないといけない問題でもあります。
多くの場合問題になるのは環境そのものではなく、環境に振り回される自分という事を理解しておく事が大切です。
自由というのは、何か好きな事をやる事だけが自由ではなく、出来ない事を出来るようになる事や、自分が振り回されているものに振り回されなくなる事も自由です。
何事にもとらわれず、自由な発想、自由な価値観、自由な振る舞いが出来ての自由です。
私たちは何から自由になりたいかというと、きっと自分自身なんだと思います。
子供を見て自由でいいなって思う理由は、彼らは自分自身には縛られていないからじゃないでしょうか?
ただし、根底に愛がないと自分勝手で他人に迷惑をかけてしまう事もありますので気を付けてください。わがままと自由はまた少し異なります。
苦しみからの脱却、居心地の悪さからの脱却、人の視線からの脱却、意地やプライドからの脱却、これらが出来てようやく自由を手にできるんだと思います。
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